大切



「お前に乳なんて無いよな」

「ぶはっ」


飲んでいたビールを
吐いた


「あたりめーだろ!」


いつものことだが
こいつの言葉は突発的で意味不明
慣れたと思っていたが
不意打ちにはさすがの俺も
対処できない


「いやっ、当たり前なのに
 あいつは忘れてんだよな」


そう言って溜息をついくこいつの顔を
俺は凝視した
こいつの言葉が本気なのか冗談なのか
顔を見てもいまいち良く分からなかった


「彼女にお前とあいつと
 どっちが大切なのかって聞かれたんだよ」


…すげー台詞だな、おい

とういうか
なんで俺が出てくるのか、とか
比べる相手を間違っていないか、とか
つーか俺を巻き込むな、とか
言いたいことは山のように
それはもう山のようにあった

だけど長年の経験上
次の言葉を待ったほうが
事態は混乱しないコトを俺は知っている


「人は一人じゃ生きていけねーけど
 二人っきりだけでも生きていけないだろ」

「まぁ、な」

「お前もあいつもどっちも居ないと
 俺は生きていけない」


なのになんで…
そういって俯いた
なんだかその姿が似合わない


「なんで大切な人間は
 一人じゃなきゃいけねーんだよ」


そう呟いて
酷く苦しそうな顔をした
なんだか
俺が思っているよりも
傷ついているようだ


「お前…バカだなぁー…」


つまらない
というかくだらない


「何でだよ!」

「お前だよって言ってやれよ」


こいつは何をそんなに悩んでいるのか
そんなに深刻でもないだろ
もっと事態は単純で明快だ


「どっちもなんだからしょうがねーだろ」

「嬉しいお言葉ありがとう
 だけどなぁ、彼女の気持ちも考えろ」

「・・・」

「俺には胸なんてないだろ?」

「??あぁ…」

「お前こそソレ忘れてるだろ」

「何が?」

「胸の付いてて、触りたくて、キスしたい相手は誰なのかって
 彼女は聞いたんだよ」

「そんなのあいつに決まってんだろ」

「決まってるだろ?だから『それはお前だ』って
 言ってやればいいじゃねーか」


そういった俺を
あいつは不思議そうに見る
まだ分からねーのかよ


「俺がお前に『大切』だと言ったとして
 ソレを胸の付いてて、触りたくて、キスしたい相手
 っていう意味だと思うか?」

「絶対思わねー」

「だろ?大切って言葉一つでも、
 向ける相手によってにいろんな意味になる」

「あぁー…」

「あいつの言った『大切』の意味を良く考えろ」


そういってあいつを殴ってやると
すごくすっきりした顔をしてビールを飲み始めた
なんだかその姿が凄くムカついたので
ボディーブローを入れてやることにした


「このやろっ!!」

「げふっ!」


へっ、いい気味

日頃の俺の苦労と
ほんの少しの嬉しさ

そういう思いを込めて殴った

ボディーブローは
綺麗に決まった 
 
 
 
 
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『大切』の用法用量は
正しく使わないとですね。