「おい、起きろ」


遠い場所で

声がする…






マザーコンプレックス






思い出の中に在る

幸せだけを与えてくれた柔らかい手

その手が今

俺の隣を歩きながら

高い所から優しく俺を見下ろして

俺の利き手とは逆の手を掴んでいる


手を握るという行為に

すごく愛を感じて

強く握り返してくれる温かさが

涙が出るほど嬉しくて


だけど気付いてしまった

コレは夢だ…


濡れた目がやけにリアルで

泣いてるんだって気付いたときには

夢から覚めてた


なんて残酷で

なんて切ない夢だろう

今の厳しい現実を思い出させるように

最近はやたら

甘い夢ばかり見る

気付かなければよかった

もう少し見ていたかった

優しい手の感触と

あの温かさがまだ消えない…


消えない…?


「・・・お前何してんの」

「いや、お前が掴んだんだろ」


気付いたら

指の先が白くなるまで強く

こいつの手を掴んでいた


なぁんだ…


夢だったけど

夢じゃなかったんだ


だけど俺が欲しいのは…


「こんなごっつい手じゃないんだよなぁ」

「はぁ?」


あの頃の夢を

しきりに見てしまうのは

きっと俺の中であの頃が

一番綺麗で

一番楽しくて

一番幸せだったから

なんだろう


あの頃と

あの柔らかい手は

もう戻らないと知っているのに

俺はまだ囚われている


「腹減った」

「まずはおはよう、だろ」

「オハヨウゴザイマス」


そう答えた直後

頭がぐらりと揺れ

寝ていたソファーに

体が押し付けられた


「頭痛い…」

「そんなに飲んだのか?」

「うーん…」

「記憶は?」

「ある」

「どうした?」


目に当てた手が

冷たくなっていた


「なんか…」


俺の手にはもう

あの夢の中のあの温度は

残っていなかった


「寒い…」


掴んでしまった手を

握り返してくれる温かさは

この場所にはない


だけど


「何か食べたい」

「牛丼ならあるけど?」

「二日酔いの人間に牛丼…」

「じゃぁ食うな」

「ひでぇ」


だけど


掴める手がそこにあるから

俺はまだここから

離れられないんだ…


「お母さん…」

「誰が母さんだ」

「なんか母さんみたいじゃん」

「俺は男だ」

「知ってる」


お前が

あの手の変わりにならないことくらい

知ってる


「けど、もう少しだけ」


もう少しだけ

もう少しだけ…

俺が一人で立てるまで


「俺のお母さんで居てよ」


あの人の手を忘れるまでは

俺にはお前が必要だから







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俺は別に病んでないです(笑