ねぇ知ってましたか?
俺はあなたが好きなんです。
 
 
 
 
 
痕 
 
 



「大丈夫ですか?」


彼女の顔をのぞきながら、
そう聞いてみたけれど…。


「ぜーんぜんだいじょ〜ぶ〜」


どうぜこの酔っ払いが、
正しい答えを答えるはずは無い。


「大丈夫じゃないじゃないですか」

「ぜんぜん酔ってないよぉ〜」


そういって笑ってはいるが、
この状況を理解していない時点で、
かなり酔っていることは確かだ。


「お酒ってのはほんと…」


そう思いながら、彼女の頭を抱え上げる。


「あなたは人妻になったのに
 別の男の膝の上で寝てるんですよ?」


そういっても、
ただ笑って俺を見上げるだけで。


「しかも…良い人間じゃない俺の膝で」


状況は最悪だ。
こんな状況を、
望んだんわけじゃない。

ただでさえ限界を感じてきたのに、
スットッパーを外そうとするように、
状況は俺を追い込む。

なのにこの酔っ払いは、
俺の気持ちも湧く感情にもおかまいなしで、
しかも緊張感なく笑って、
俺にしがみ付いてくるあたりが、
恐ろしい。


「襲っちゃいますよ…」


そういって笑ってみたのに、
顔がひきつって笑えない。

心と顔は繋がっているようだ。

苦しいだけのこの状況に、
俺の心は軋むだけだった。


「どうしてそんな顔してるの?」

「え?」


そういって見上げてきた顔に、
緊張する。


「どうしていつもそんな顔するの?」


そういって触れてきた手の温度に、
鳥肌が立った。


「辛いことがあったら言いな?聞かれたくないことでも、
 きっと明日にはあたし忘れてるからさ」


そういって微笑むあなたは、
酷い人です。


「ねぇ、知ってましたか…」


顔を見られたくなくて、
抱きしめた。


「俺はあなたが好きなんです」


胸が張り裂けそうだった。

言葉にすることで、
その事実がよりいっそう重く、
俺の心の中に落ちる。
腕の中で彼女は、
静かに夢を見ていた。

体から沸く熱に押され、
腕の中に顔をおとす。
触れた唇に残る熱に惹かれながら、
その寝顔に思いは募って。

流されそうになる熱い激情の波に 


「どうか今日の事は・・・」
 

俺の精一杯の理性で耐えながら 


「どうか・・・忘れてくださいね」


もう一度触れた口元に、
俺は俺の思いを残した。